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居場所

最近、カフェ(大学のカフェテリアではない)に居心地のよさを見出した。

といってもそんなに行ってるわけじゃないし(まず金ないし)、頼めるものも変な横文字じゃないやつ(抹茶ラテとかミルクティー)なんだけど、すごく居心地がいい。あたたかい飲み物を飲んで、ゆっくり座って、静かにBGMが流れていて、そのまま寝てしまいたくなる。

私にとってはそういうような静寂とか、ここの仕切は居心地がよくなるためにあるんだなとか細かくてどうでもいいようなことに気が付いたりとか、パソコンで仕事してたり、おしゃべりしてたり、本を読んでいたりする他のお客さんを眺めたりとか、そういうことが楽しかった。そして、そういうところに居心地を見出していた。

一方、私がバイトしているお店は、基本的には狭くて落ち着いているんだけれど、たまにカラオケが入ったり、大勢のお客さんが来たりして騒がしくなる。正直働いていて、音が大きいなと思う。客層もカフェとか他の飲食店と比べると限られたものになっていて、おもしろみに欠ける気がする。
けれどそういうなかで楽しそうに会話をするひと、そうでないひと、ひとりでくるひと、みんなでくるひと、それぞれがこの店に「居場所」を求めてやってきているんだなぁと思った。

私にとっての居場所と、彼らにとっての居場所はまた違っていて、この店に居場所を求めてくるひとに対して、精一杯のことをしなければいけないんだな、と感じました。

まぁ今日バイト行きたくないんですけどね~~~~(年明け一発目)
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幸せってなんだろう

と思った。

実家に帰った年末年始、地元にいる家族や友達と過ごした。
いまこうして学生の身として冬休みを与えられて、同じように余暇のある友人と遊んで、
家に帰れば家族がいて、そういう1週間を過ごしていた。
少なくとも去年、高校生まではそういう生活が当たり前で、そうやって過ごすことになんの疑問も持っていなかった。

知らない土地でひとり暮らすことを始めてから、家族とか、友達がいない(ぼっち)ということを段々と理解していって、急に寂しくなった。

なにが幸せかというと、「学校の長期休みに友達と遊んで、帰ってきたら家族が待っている」ことだった。
でも、そんな幸せもあと3年(下手したら遊ぶ友達が就職してる可能性もある)あるかどうかで、
家族と一緒にいられることだって(いずれ妹も出て行くだろうし、親も死ぬだろうし)本当に限られてるものなんだと知って、素直にいまの状態を喜べなくなってしまった。

その先に幸せがあるのかどうか、今の答えとしては「ない」と思う。
毎日同じような仕事をこなす。それが自分の生活のためであったり、誰かのためであったり、
そうであっても、なんだか余裕のない未来しか想像つかなくて、すごく幻滅している。

これからは誰のために生きていけばいいんだろう。

結局何が言いたいのかはわからない\(^o^)/
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新年

あけおめことよろ!
特に書き留めることもないけれど、一応年が明けたということで。

ときは2013年。「去年までJKだったぜ」がとうとう通用しなくなってしまいました。
すごいやばいなって思ったのが、りんりん様がカラオケで、God Knowsを歌ったときに、
でてきたアニメ映像で、涼宮ハルヒの憂鬱が2006年のモノだって知ったことです。二人して「おいおい冗談だろ\(^o^)/」
2006年は中1かな?中学生なんて最近の出来事だったような気がするのに、ものすごく昔のことなんだ、と。

年末は実家に帰ってきてまだ一週間経っていませんが既にカラオケ→焼肉のコンボを2回もキメていて
財布は寂しくなっていくのに脂肪はどんどんついていくばかりです。
久しぶりに会う友達ばかり(と言っても半年~一年ぶりくらい)でめちゃめちゃ楽しいです。遊んでくれたひとたちどうもありがとう。たぶん見てないけど。
友達ってこういうものだったんだというのを久しぶりに思い出せました(ぼっち宣言)。もうなんかみんなと同じ大学行きたかった。誰もいないの寂しすぎ……。

あとさっき行きつけの美容室でおしゃれパーマかけたんだけど自前の老け顔に更なるオバサン臭さ全開になりました。たぶんもうかけない。
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